COLUMNS映画「キリマンジャロの雪- 2006 /6/14 -

簡易ベッドに横たわったハリーは死期を覚えていた。
裕福な一族の女、ヘレンとアフリカのキリマンジャロが見える地でサファリ中、イバラに足をこすらせヨードをぬらなかったためか黴菌が入り今では足が腐る壊疽になってしまっている。献身に看護するヘレンに悪態をつきながらも二人は救援の飛行機が来るのを待っているが、ハリーの脳裏には彼が作家として名を成すころの出来事が次々と浮かんでくる。
祖父が若きハリーに物を書くには狩猟を続けなければならないと猟銃を渡すシーン、売れないパリ時代に出会ったどこか秘密めいた女との逢瀬、そして同棲とつづき、はじめて売れた作品の原稿料でもっといいアパートメントに移ろうという彼女、シンシアに耳を傾けることなく念願のアフリカへと二人で飛んでゆく。
サファリにのめり込み知名度が上がるハリーとは裏腹にシンシアは落ち着ける場所を求めていた。シンシアのおなかのなかには新しい命が生まれていたにもかかわらず言い出せないでいた彼女は事故(?)で流産する。
決定的な破局は、ハリーがスペインでの戦地取材を受けるかどうかで口喧嘩したときだった。ハリーが通信社の申し出を断った時にはすでに遅く、シンシアはハリーのまえから姿を消していた。

eiga映画「キリマンジャロの雪(1952年製作・監督ヘンリー・キング・114分)はアカデミー賞の撮影賞と美術監督・装置賞を得た、アメリカの作家・ヘミングウェイの同名短編を映画化した作品です。

キリマンジャロは標高6076メートル、雪に覆われた山で、アフリカの最高峰と言われている。(中略)その山の山頂近くに干からびて凍りついた一頭の豹の屍が横たわっている。それほど高いところで、豹が何を求めていたのか、説明した者は一人もいない。
(新潮文庫ヘミングウェイ短編集2・高見浩=訳)


有名な書き出しで始まるこの短編はヘミングウェイの作品群の中でも1・2を争う一編です。映画はこの文庫本50ページにも満たない作品を幾分メロドラマチックに仕上げられています。ハリウッド製作だからこれは致し方ないでしょう。
実際、原作には、シンシアや伯爵夫人とのエピソードはありません。むしろヘミングウェイのそれまでの作家生活をしごく醒めた思いで綴られています。パリでの貧乏でいながらいっぷう華やかな生活やこれまで書かなかったエピソード、(特に少し頭の足りない雑用係の少年が性悪なオヤジを撃ち殺す話はスゴイ)、第一次大戦時でのこと等など。(作品発表は1936年)
作家ハリーにはグレゴリー・ペック、ヘレンにはスーザン・ヘイワード、シンシアにはエバ・ガードナーとそうそうたる俳優陣です。ちなみに祖父役に、レオ・G・キャロルが演じていました。スパイTV映画「ナポレオン・ソロ」で諜報局アンクルの上司でしたね。(イリヤ・クリアキンなんてわかります?(^^;
監督のヘンリー・キングは戦前・戦後においてハリウッドの大監督の一人です。G・ペックとは49年「頭上の敵機」、50年「拳銃王」、58年「無頼の群」など数本撮っています。

つねに山頂付近に雲がかかっているキリマンジャロが見えるベースキャンプにハリーへの死神とおぼしきハゲタカがハリーを見おろしている。夕刻にはハイエナがキャンプのまわりをうろつく。ハリーはなおも空ろに過去をさまよっていた。
シンシアとの別離後、彫刻家の伯爵夫人と遊ぶが鼻持ちならぬ金持ちらに我慢ができずトランクに荷を包みハリーはスペインへと飛んだ。そこでハリーはシンシアと再会するが、フランコ率いるファシスト反乱軍に劣勢を強いられている市民軍に義勇兵として戦うハリーの胸に抱かれながら命を落とすのだった。深い虚無感に沈みどこか投げやりでいたハリーの前にあらわれたのがヘレンだった。そして彼女もハリーが軽蔑する金持ちの女だった・・・。
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映画のラストは原作どうり救援の飛行機が飛んできて・・・で終わるが、ところがどっこい原作はここから意味深長な幕切れが訪れる。興味があるかたは読んでくださいね。
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ヘミングウェイの紹介は言わずもがなでしょう。「ロスト・ジェネレーション」の代表的作家として名高いですが、この冠は同時代の作家、F・S・フィッツジェラルドにこそ似つかわしいでしょう。(わたしが好きな作家の一人で「グレート・ギャッビー」の作者)ヘミングウェイはむしろ虚無の作家と言えるのでは。わたしには青眼・無頼の剣士、眠狂四郎を生んだ剣豪作家・柴田錬三郎と重ね合わせてしまいます。

<追 捕>
メモ現在、キリマンジャロ山頂付近にいたジャガーの屍は残っていません。
その写真はあるそうですが。
また山頂付近の氷河もだいぶ融けているそうです。これも地球の環境の変化の為せるわざでしょうか?

怪談「木曽の旅人- 2006 /7/27 -

えてものとは何です。」
「なんだかわかりません。まあ、早くいうと、そこに一羽の鴨があるいてる。それを捕ろうすると、鴨めは人をじらすようについと逃げる。こっちは焦ってまた追って行く。それが他のものには何も見えないので、猟師は空を追って行くんです。ほかの者が大きい声で、それはえてものだぞ、気をつけろと呶鳴ってやると、猟師もはじめて気がつくんです。それですから木曽の山奥へはいる猟師はけして一人で行きません。こんなこともあったそうです。
山奥へはいった二人の猟師が、谷川の水を汲んで飯をたいて、もう蒸れた時分だろうと思って、ひとりが釜の蓋をあけると釜のなかから女の大きい首がぬっと出たんです。あわてて釜の蓋をして、しっかり押さえながら、えてものだ、早くぶっ払えと呶鳴りますと、連れの猟師はすぐに鉄砲を取ってどこあてともなく二、三発つづけ撃ちに撃ちました。それから蓋をあけると、女の首はもう見えませんでした。・・・」
木曽御嶽山にのぼる黒沢口からさらに奥の杣小屋に、六つの男の児と二人きりで暮らす重兵衛は、信州の山宿に泊まりあわせたわたしたちにこんなはなしを切り出した。

「お父さん、怖いよう。」
山奥に年中暮らしているので何の恐れも抱かない児が今日にかぎってふるえている。児が指す向こうの森奥からなんだか唄うような悲しい声が聞こえている。
「あれは里へ帰るきこりか猟師が唄ってるんだ。」とわが子をさとしても小さな児は小屋の隅へ引っ込んでしまっている。わが子を励ますために焚き火の枝をとって外へくりだすと、外には二十四五ぐらいの若い男が立っていた。山中で道に迷ったのか火のある家を見つけてやってきたと思われた。薄茶の中折帽をかぶり縞の洋服、短いズボンに脚絆草鞋といういでたちの男は、重兵衛のといに
「福島のほうから御嶽を越して飛騨の方へ・・・。」と答えた。
重兵衛の誘いに小屋へ入った男は隅に小さくなったままの児を見つけ、山越しするのに腹が減るといけないと思い、買い込んだ食い物をその子供に差し出した。竹の包みの中には蝦巻きのすしがたくさんはいっていた。
「おい、こんないいものを下すったぞ。こっちへきてお礼をいえ。」
けれど児は震えていっこうに出てこない。父はちょっと怒りぎみにせかすと児は父のうしろへそっと這いよってきた。
「早くおあがんなさい。」
という客の声を聞くと児はまたふるえて父の背にしがみつくのである。いつもならこんなさびしい小屋へ訪れる客人になれなれしくふるまうはずであるが今日にかぎって人を恐れる児をみて重兵衛は不思議を感じないわけにはいかなかった。
客は持ってきた雑嚢から酒の壜を取り出し重兵衛に勧めもしたとき、小屋の外から声と犬のほえる音がした。重兵衛の猟師仲間がひとりたずねてきたのである。
その猟師が小屋へ入ろうとすると連れている黒い犬が何を見たのかしきりに唸りはじめた。その猟師が犬をなだめてもずっと小屋の外で唸っている。重兵衛とその猟師はは客の勧めた酒を遠慮なしに飲んですしも食った。
小屋の外では犬がしきりに吠えつづけている。中では児が泣き出した。しかたなしに仲間の猟師は帰ろうと小屋を出たが、すぐ戻ってきて重兵衛を表へ呼び出した。
「どうも不思議なことがある。あの客人はえてものじゃねえかしら。」
「馬鹿をいえ。えてものが酒やすしを振るまってくれるものか。」
猟師が引いている黒犬が利口なことを知っている重兵衛はなんだかいやな心持になった。
「あれがえてものなら試しに一つぶっ放してみようか。」とその猟師は鉄砲を取り直して、空にむけて一発撃った。重兵衛はそっと引返してなかをのぞくと、その旅人は焚き火のまえにおとなしく座っていた。仲間は不審ながら麓へ帰っていった。
仲間におどされて薄気味悪くなった重兵衛はもうその客人をうちにいれておくことが出来なくなり、客がここに泊めてくれるよう頼むがそれもやんわりと断り、福島のほうへもどることをしきりに勧めるのだった。
消えかかった焚火の光に薄あかるく照らされた彼の蒼ざめた顔は、どうしてもこの世の人間とは思われなかったので重兵衛はいよいよ堪らなくなった。
そのうちこの客人は立ち上がり、福島へ戻り、明日また強力を雇って登ると決め、気の毒がる重兵衛の小屋から出て行った。
「お父さん、怖い人がいってしまって、いいねえ。」児は生き返ったように言った。
「なぜあの人がそんな怖かった。」と重兵衛はわが子に聞いた。
「あのひと、きっとお化けだよ。人間じゃないよ。」
子供が震えながら話すが重兵衛には半信半疑であった。とそこへ別の男がまたはいってきた。
「今、ここへ二十四五の洋服の男はきなかったかね。」
重兵衛は今しがた男の下っていったほうをさすが早いか、その男は急いでそちらへ出て行った。二、三町さきの森から鉄砲の音がつづいて聞こえてきた。やがてさきの男がやってきて、手を貸してくれとばかり重兵衛を呼んだ。森のなかにはかの旅人が倒れていた。かれは片手にピストルをつかんでいた。
「その旅人は何者です。」
「なんでも甲府の人間だそうです。一週間前に諏訪の宿に泊まった若い男女の二人連れの片割れです。・・・・女が嫌がっているのを男が無理に連れ出したらしいのです。そしてその女が惨たらしく殺されているのが見つかり、当然かの男に疑いがかかり、警察がこの木曽路まで追いかけてきたのです。・・・・。そしてとうとう追い詰められてピストルで自分の喉を撃って死んでしまったのです。」
「じゃあ、その男のうしろには女の幽霊でも付いていたのかね。子供や犬にはそれが見えたと・・・。」
「おれもぞっとしたよ。」と話す重兵衛は息をのみ、「俺にはまったくなにも見えなかった。なにか変なことがあったに違いない。」
子供や犬が恐れたのが、その旅人が背負っている重い罪の影か、あるいは殺された女のものすごい姿か、判断がつかない。

岡本綺堂著「青蛙堂奇談ー『木曽の旅人』」(旺文社文庫ー岡本綺堂会談集ー昭和五十一年刊)
岡本綺堂(本名・岡本啓二)1872年〜1939年没 劇作家・小説家
主著戯曲『修善寺物語』『鳥辺山心中』『番町皿屋敷』『権三と助十』
小説『半七捕物帳』『世界怪談名作集』等


むかし話「馬子とタヌキ『続・美濃と飛騨のむかし話』岐阜県小中学校長・編より - 2006 /9/19 -

各務原という名がどうしてついたかご存知ですか?
むかしこのあたりはやぶが広がっていて、やぶ蚊がたんと飛んでいたそうな。人が通ろうとするとうなり声をあげて体中を包み込みように襲ってきたという。まるで雨ふりに着る『みの』をおおっているようになるので、
『蚊』が『みの』みたいにたかるということで、各務原と名がついてしもうたそうな。そんなやぶが広がるところだったせいで化け物や狐狸の類が昼中でも出るとうわさされていた。
ある時、じんべえという馬子がいつものように村の作物を町まで運んで行くさなかこのやぶを通りかかると、後からドカドカと大きな音とともに「じんべえ」と呼ぶ声にはたと荷を背負った馬を止めた。
あたりはもうそそろそろ日が暮れようとしていたので気のせいだと思い歩き出すと、また「じんべえ」と呼ぶ声がしました。
きつねかたぬきが悪さでもしようとするのかと思い相手にせずずんずんと急ぎ足ではらを行こうとしましたが、つぎに
じんべえ、その荷を置いてけ。さもないとおまえも馬も食ってしまうぞ。
という声が聞こえたときはもう恐れをなして馬の荷を放り出すと駆け出しました。さらに後から「馬も置いていけ。」という声にじんべえは大事な馬を取られまいぞとばかり馬の首根っこをしっかりつかみ化け物がやりすごすのを震えながらまっていると、何か太い手が目の前ににゅっとあらわれてのを見たものだから思わず馬を手放してしまい一目散に逃げ出してしまった。
やぶを出たところで一軒の家が見えたので助かったと安堵したじんべえは
「化け物に追われています。助けてくだされ。」と戸をどんどんとたたきました。が返事がありません。しかたなくじんべえは戸に手をかけると戸があいたので中へはいることにした。
土間だけの広いなかに大きな釜がありそばのいろりにはまだ火が残っていた。ほんのひとときまえにだれかいたような様子でしたが、怖いおもいをしたじんべえはとてもその場にいることはできず、ちょうど古ぼけたはしごがあったこともあり天井裏にたばねてあったわらの中に隠れることにした。そして人が帰ってくるのをじっと待っていました。
ところが、しばらくしてドカドカと入ってきたのはあの化け物でしたからじんべえは驚ろいたのなんの。じんべえは身の不運をなげき、わらの中でがたがた震えています。
こんばんわ楽しかったわい。あのじんべえのダイコンを食らい、はたまた馬も食らってしまった。久しぶりにはらがいっぱいだ。じんべえは逃してしまったのが残念だわい。こうはらもふくれて火にあたっていると眠くなるものだ。どれ、ひと眠りでも。
とばかり化け物はごろりと横になりました。が化け物の血が呼ぶのか、やぶ蚊が入ってきて化け物の体目がけて、ちくり、ちくりと刺しだしました。化け物もこれはたまらんとばかり、そばの大きなお釜に入り蓋をして蚊をやりすごそうとしました。そのうち化け物はいびきをかきはじめ寝入ってしまった。
天井裏で震えていたじんべえは、化け物が寝ているうちにこの家を逃げ出そうとそっと降りてきました。
がはたと思いなおしました。こんな化け物をこのままほおっておいたらこれからもずっと悪さをするに違いない。なんとか退治せにゃならん、とばかり気を奮い立たせ、天井裏からわらのたばをかかえ釜の下にくべおき火で燃やそうとしました。そして大きな石を三つも蓋にのせ勢いがつよくなった火にどんどんとわらをくべました。
釜から泣く声がしましたが終いにはその声も聞こえなくなってしまった。じんべえはお釜のなかをのぞいてみようと蓋をとってみると、でっかい古タヌキがあお向けになって死んでいたんだそうな。
それからはこの各務原に化け物が出なくなったと。

yubi山のコラム目次です。
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